Luck Is What Happens When Preparation Meets Opportunity

製薬企業の研究職(基礎研究)の仕事内容

こんにちは、masayaです。

製薬企業の研究職には興味がある、しかし研究所では実際にどんな仕事をしているのかを知りたいという方は結構いらっしゃるのではないでしょうか?

製薬企業の研究職の仕事内容は非常に多岐にわたり、なおかつ様々な専門を持った研究者がチームとしてプロジェクトに取り組んでいるので、一言で表すのはとても難しいです。

今回はそんな製薬企業での研究、特に私が深く関わっている基礎研究を中心にして製薬研究職の仕事内容について紹介します。

1: 製薬企業の研究のワークフロー

製薬企業での研究は上に図のように基礎研究、前臨床試験で有望な薬剤の候補を同定します。その後臨床試験I, II, IIIを行い、健康な人もしくは疾患を持つ方の協力を得て薬が効くかどうかのデータをまとめて、最終的に薬としての承認を受けます。

臨床試験に向かう前までの研究は大まかに分けて、

  1. 薬の候補を探し出す基礎研究
  2. その薬の候補の薬効や安全性を動物で確認していく前臨床試験

の2段階に分けられます。

ここでは基礎研究についてちょっとだけフォーカスして紹介するので、臨床試験に興味のある方は臨床試験のことを知るを参考にして下さい。

 

2: 製薬研究職(基礎研究)の仕事内容

この段階の主な仕事とゴールは癌や炎症、希少疾患などのどのタンパク質を標的にするかを決め、そのタンパク質の働きを阻害するか活性化する低分子化合物を見つける事です。

様々な評価項目を満たした化合物(薬の候補)が見つかれば、次の臨床研究のフェーズへとプロジェクトが進んでいきます。

2-1. 標的の病気に関連するタンパク質の選定

どの疾患のどのタンパク質を標的にするかはとても大切になります。この段階では主にBiologyを専門とする研究者が、実際に標的タンパク質に色々な手法で細胞レベルでどういう挙動を示すかを調べます。

これらの時にはツールとなる化合物などを使って実験を重ねて行き、仮説通りに遺伝子レベルもしくはタンパク質レベルが変動するかを確認します。

これらの結果を積み上げて行き、標的を実際にプロジェクトとして進めて行くことに関しての自信(CIR: Confidence in Rational)を深めていくことが大切です。

2-2. 標的タンパク質の理解・化合物のスクリーニング

基礎研究のうちのいわゆる早期探索のこの段階では実際の病気に関連するタンパク質が、どういった状態(リン酸化などの翻訳後修飾の有無など)の場合を標的にするのが正しいのかについても検討されます。

例えば、下図のように翻訳後修飾がなければ活性がない(Inactive)左の状態を狙うよりも、翻訳後修飾を受けて活性化している(Active)な右の状態をターゲットとして狙う方が標的タンパク質がより本来の働きに近い状態を阻害できる化合物が見つかる可能性が高いと予測されます。

また標的タンパク質そのものに対して薬の候補をスクリーニングするのか、もしくは標的タンパク質が他のタンパク質との複合体状態をとっている状態を狙うのかなども検討されます。

この段階で、初期スクリーニングとしてHigh Throughput Screening、Phenotipic Screening、DNA Encoded Library Screeningなどが行われることになっていきます。これらのスクリーニング方法に興味がある方は、

“創薬研究の2つの流れ: 標的ベースと表現型スクリーニング”

“創薬研究のスクリーンング方法: DNA Encoded LibraryとHigh Throughput Screening”

“質量分析(MS)を利用した創薬研究: Affinity Selection Mass Spectrometry (ASMS)”

を併せて読んでみてください。

場合によっては、標的タンパク質の薬剤が結合するポケットを見るためにタンパク質の立体構造解析をすることもあります。

この部分の研究では、Biochemistry, Molecular Biology, Structural Biology, Protein Engineeringなどを専門に持った研究者が関わってきます。

2-3. 化合物の合成・試験の繰り返し

標的とする疾患とタンパク質が決まれば、早期段階のプロジェクトとして上述の専門を持った研究者に加えてChemistryを専門に持った研究者の仕事のウェイトが増えていきます。

膨大な数の化合物の中から実際に標的タンパク質に結合するまたは結合しそうな化合物を選定したり、それらの合成ルートなども考案したりととても頼もしいです。

合成を担当している研究者の醍醐味は、自分の手で薬となる化合物をデザインして作れる事ではないかと感じます。

この段階からはチーム全体で何度も化合物を合成しては試験(アッセイ)を繰り返し、そのフィードバックを得てさらに新たな化合物を合成します。

このサイクルを何度も繰り返す事で、化合物の活性や溶解性などの本当に多くのパラメーターを改善して臨床試験に送り出せる化合物を見つけます。

2-4. Structure-Based Drug Design (SBDD)

化合物の活性などのパラーメーターを改善して行く際に、実際に標的タンパク質の立体構造情報を利用しながら化合物のデザインをしていくという手法をStructure-Based Drug Design (SBDD)と言います

実際のタンパク質の表面は上の図のように凸凹していて、薬が結合するポケットはだいたい1箇所程度に絞られます。SBDDではこのポケットの形を原子レベルで見ながら化合物のデザインをしていきます。

下の例では、最初のスクリーニングでヒットした緑の薬剤Aがタンパク質のポケットに結合したタンパク質の立体構造を解析します。その後得られたポケットの形を見ながら何度か化合物をデザインしては解析を繰り返し、青の薬剤B赤の薬剤Cと徐々にポケットの形にフィットするように化合物がデザインされていきます。

以前、『実際にタンパク質のポケットの形を見ながら化合物をデザインするのと、見ないでデザインするのでは目隠しして車を運転するくらい違う』とチームリーダーからコメントを頂いた事もあるので、SBDDはとても重要なアプローチの一つになります。

SBDDでは主にX線結晶構造解析という手法が使われますが、最近は2017年のノーベル化学賞でも話題になった極低温電子顕微鏡法 (CryoEM)も年々技術的な進歩が目覚ましいので、CryoEMが本格的にSBDDに貢献する日もそんなの遠くないかもしれません。

この段階ではMedicinal Chemistry, Computational ChemistryやStructural Biologyなどを専門に持った研究者が活躍します。

2-5. 化合物の評価系の確立

良い化合物がみつかったらそれらを評価する試験が必要です。基礎研究の段階では、化合物の合成やSBDDと同時に各プロジェクトごとに最適な評価系(スクリーニング系)を確立していきます。

この評価系は標的タンパク質の性質や酵素反応を利用した試験であったり、標的タンパク質と化合物との結合を利用した試験だったりします。これらの評価系はタンパク質と基質などの最小限の成分だけを使う試験細胞に化合物を投与して反応をみる試験があったりとプロジェクトの進捗段階などに応じて使い分けわれています。

特に標的タンパク質と基質を使う評価系には、良質な標的タンパク質を安定的に供給するタンパク質の発現系と精製条件も欠かせません。これらを行うタンパク質生成グループも非常に重要な役割を担います。

この段階ではBiochemistry, Biophisics, Molecular Biologyなどを専門に持った研究者やタンパク質精製をスキルに持つ研究者が活躍します。

2-6. 前臨床試験

プロジェクトチームが作った薬の候補の薬剤をラットやイヌなどの実験動物の体内での薬の効能、安全性、体内での動態などを分析してヒトに投与しても大丈夫かどうか、またその時の用量などについて研究が行われます。

この段階では薬理試験、毒性試験、薬物動態試験、薬剤学試験を行います。

基礎研究の目標はこの前臨床試験に薬の候補を送り出すことなので、如何に短期間で多くの候補を送り出せるのかがとても大切になってきますし、大きなモチベーションの一つです。

詳しくは前臨床研究、どんな仕事を参考にして下さい。

この段階ではPharmacology, Pharmacodynamics, Pharmacokinetics などを専門に持った研究者を中心に試験が行われます。

 

3: プロジェクトサイエンス(チームワーク)

製薬研究職の仕事は基本的には多岐にわたる専門を持った研究者が集まって行います。プロジェクトサイエンスとも言われます。

大学などの研究でも共同研究は行われますが、製薬企業での研究はそれらよりもより多様なバックグラウンドを持った研究者によって進められていきます。

プロジェクトを短期間で効率良く前に進めていくためには、チームワークとリーダーシップがとても大切だと感じています。

転職活動中にも色々な会社の電話・オンサイトインタビューでチームワークに関する質問をたくさん聞かれました。受け入れる側が如何にチームプレイヤーの要素を重視しているかの現れだと思います。

インタビューで残るくらいの候補者のスキルのレベルはいい意味でみんな似たり寄ったりなので、最後の決め手は『一緒に働きたいかどうか』になります。

これは大学も企業のインタビューで共通している事なので、まずは周囲にナイスな振る舞いをしていくところから始めてみることをお勧めします。

まとめ

製薬企業での研究職は様々な専門家が病気を治すことに貢献したい、革新的な創薬を目指したいなどのモチベーションを持って取り組んでいます。

少しでも製薬企業での基礎研究の仕事が伝わってくれたなら幸いです。

これまでの低分子の創薬とは違う新しいタイプの創薬に興味のある方は、“タンパク質分解誘導薬とは?これまでの薬と違う新しいタイプの薬”“IMiDsとは?もう一つのタンパク質分解誘導薬”も合わせて読んでみてください。

 

最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。

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