こんにちは、masayaです。
サリドマイドという薬の名前を聞けば、四肢の催奇形性の副作用を頭に思い浮かべる人は多いと思います。しかし、どうしてこの催奇形性が引き起こされるのかについては実は長い間はっきりと分かってはいませんでした。
2018年に発表された2つの論文によって、サリドマイドによってCRBNというタンパク質を介してSALL4というタンパク質の分解が促進されていることが催奇形性に強く関与していることが示されました。
サリドマイドの薬害から60年経ってようやくその原因の解明に辿り着いた感じと、そのメカニズムにタンパク質分解誘導が深く関わっていることがとても興味深かったので、2018年の2つのグループからの報告を基に『サリドマイドの催奇形性のメカニズムの解明〜 CRBNによるSALL4の分解誘導』についてまとめました。
1. サリドマイドの催奇形性の歴史
1954年
ドイツの製薬会社Chemie-Grünenthal GMBHが睡眠薬としてサリドマイド(Thalidomide)の販売を開始し、瞬く間に46カ国へと販売が広がる。同時期にサリドマイドが妊娠中の悪阻(つわり)も軽減することがわかる。
1961年
ドイツの小児科医Dr. Widukind Lenzとオーストリアの産科医Dr. William McBrideにより妊娠期間中のサリドマイドの使用と胎児の奇形性と早産との明確な関連が報告される。
1962年
サリドマイドが市場から姿を消す。しかしながら、1958-1962年の間に四肢の奇形を持った新生児の数は約10000人と言われている。
2010年
Takumi Ito/ Hiroshi HandaらのグループがサリドマイドがCRBN (セレブロン)というタンパク質の働きを阻害することを報告する。
2014年
Eric Fischer/ Nico ThomaらのグループとPhilip Chamberlain/ Brian CathersらのグループがCRBN-Thalidomideの複合体の立体構造を報告し、サリドマイドがどの様にしてCRBNへ結合するのかについての理解が深まる。
2018年
Katherine Donovan/ Eric FischerのグループとCelgeneのMary Matyskiela/ Philip Chamberlainらのグループが、サリドマイドがCRBNというタンパク質の表面に結合することにより四肢の発達に関わる重要な転写因子であるSALL4というタンパク質の分解が促進されていることがサリドマイド による催奇形性に強く関与していること示される。
サリドマイドによる四肢の催奇形性が問題になったのは60年近くも昔(1960年代)になりますが、どうしてサリドマイドによって催奇形性が引き起こされてしまったのかについては長い間理解が進んでいませんでした。60年後の2010年代になってようやくその原因がCRBNというタンパク質と深く関わっているということが分かってきたのは興味深いです。
2. 免疫調節薬(IMiDs)としてのサリドマイド
現在のサリドマイドの立ち位置としては、サリドマイドをはじめとしたサリドマイド類の化合物は免疫調節薬(IMiDs: Immuno-Modulating Drugs)として多発性骨髄腫 (multiple myeloma)などの疾患へ適応されています。
現在のところ、アメリカに研究ベースがあるCelgeneという製薬企業から、Thalidomide, Pomalidomide, Lenalidomideという3つの免疫調節薬(IMiDs)が承認を受けています。
Celgeneは免疫調節薬(IMiDs)の分野の主導的なポジションにいるので今後も研究開発を主導していくのではないかと考えられます。
免疫調節薬(IMiDs)によるタンパク質分解誘導のメカニズムについて興味のある方は、“免疫調節薬(IMiDs)のユニークな作用機序“を合わせて読んでみて下さい。
3. CRBNとサリドマイドによるSALL4のタンパク質分解のメカニズム〜催奇形性との関与
3-1. サリドマイドとSALL4の関与の示唆
2018年のDonovan/FischerとMatyskiela/Chamberlainらの論文の内容を基に、どのようにしてSALL4・サリドマイド・CRBNの三者が催奇形性に関与していることに繋がったのかについて簡単に紹介していきます。
Donovan/Fischerらの論文中では、サリドマイド処理をしたHuman Embryonic Stem Cell (ヒト胚性幹細胞)とそうでない細胞に対して、質量分析を使って細胞内での種々のタンパク質量の増減をモニターしました。サリドマイドを投与されたことで優位に量が増えたもしくは減ったタンパク質を観察して、まずサリドマイドとの関連が深そうなターゲットを探し出しました。
その結果、下の図の中の左下(タンパク質量が減少したことを示す領域)に四肢の発達に関与する転写因子であるSALL4というタンパク質が、サリドマイド処理をした細胞では顕著に減少していることが示されました。
From Donovan et. al., eLife 2018
SALL4の変異は、Duane-radial ray (Okihiro) syndrome、Instituto Venezolano de Investigaciones Científicas (IVIC)などを始めとした先天性欠損と関連があり、これらの症状はサリドマイドによって引き起こされる症状と類似してるようでした。
Matyskiela/ Chamberlainらのグループも、
- CRBNによって分解されるタンパク質に共通性を持っているタンパク質
- 胎児の四肢の発達に関与するタンパク質
という別のアプローチ・仮説を基にSALL4という同じ結論へたどり着いてます。
Matyskiela/ Chamberlainらの論文中では下図のようにiPS細胞にサリドマイド処理をすると、サリドマイドの濃度に比例して顕著にSALL4のタンパク質量(図内のバンドの濃さ)が細胞内で減少してくことが示されています。
From Matyskiela et. al., NCB 2018
サリドマイドを投与した動物(ウサギ)を使った実験でも、SALL4の減少とともに四肢の発達異常がみられたため、サリドマイド・SALL4・CRBNはの三者は密接に関わっていることが示されました。
3-2. CRBNによるSALL4の分解メカニズム
ではどのようにしてCRBNがサリドマイド存在下でSALL4のタンパク質を減少させているのか?について知る上で、CRBNとサリドマイドを含む免疫調節薬 (IMiDs)による標的タンパク質の分解メカニズムを知ると理解が深まります。
CUL4CRBN E3 complexのモデル図
CRBNは上の図の『①サリドマイド有』の場合のようにE3リガーゼという酵素複合体 (CUL4CRBN E3 complex)の一部であり、左の図のようにサリドマイドが選択的にCRBN上のポケットに入り込み、標的タンパク質であるSALL4を捉えてくる役割を担っています。
CRBNによって捉えられたSALL4はCUL4CRBN E3複合体中の反対側のタンパク質(上図のRBX1)がリクルートしてくるE2タンパク質によってユビキチン(上図のUb)という分子が付けられます。
このCUL4CRBN E3複合体によってSALL4上に形成されたチェーンのように長いポリユビキチン鎖はプロテアソームというタンパク質を分解する場所へ誘導するシグナルとして働きます。最終的にSALL4はプロテアソームにより細々に分解されます。
通常は上の図の『②サリドマイド無』の場合のようにCRBNはSALL4と結合できないので、SALL4はCULCRBN E3複合体によりユビキチンが付けられることも分解されることもありません。
サリドマイドがCRBNとSALL4の間でブリッジもしくは糊のように働くことから、サリドマイドを含めた免疫調節薬(IMiDs)は時にMolecular Glue (分子糊)と呼ばれることもあります。
ユビキチン-プロテアソーム系によるタンパク質の分解については下のアニメーションが簡潔で分かりやすいので、興味のある方はご覧ください。
まとめ
- 1960年代のサリドマイドによる催奇形性から60年を経てその原因がSALL4と深く関わっていることが報告された
- サリドマイド類は免疫調節薬(IMiDs)として現在も研究されている
- サリドマイドによりCRBNがSALL4の分解を引き起こすことが催奇形性と強く関与している
こういう長い間原因が分からなかった事がサイエンスの進歩によって解明されるのは、研究の面白さの一つです。創薬研究に関わる者として、薬が作用するメカニズムをしっかりと理解することはとても大切なことだと感じています。
サリドマイド類の免疫調節薬(IMiDs)によるタンパク質分解誘導のメカニズムについては、“免疫調節薬(IMiDs)のユニークな作用機序: もう一つのタンパク質分解誘導薬“を合わせて読んでみてください。
また近年研究が進んでいるタンパク質の分解を誘導するタイプの薬(タンパク質分解誘導薬: Protein Degrader)について興味があれば、“タンパク質分解誘導薬とは?これまでの薬と違う新しいタイプの薬“を参考にしてみて下さい。
最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。
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【参考文献】
- Donovan K. et. al., eLife 2018
- Matyskiela M. et. al., Nature Chemical Biology 2018
- Ito T et. al., Science 2010
- Fischer E et al., Nature 2014
- Chamberlain P et al., Nature Structural and Molecular Biology 2014