こんにちは、masayaです。
以前の投稿“タンパク質分解誘導役とは?これまでの薬と違う新しいタイプの薬”でタンパク質分解誘導薬(Protein Degrader, PROTAC)についての紹介をしましたが、是非もう一つ知っておいてほしいタンパク質の分解を誘導するタイプの薬があります。それは、日本語では『免疫調節薬』とも呼ばれているIMiDs (Immunomodulatory Imide Drugs)と呼ばれるグループの薬です。
1960年代に四肢の奇形起こすことで有名になったサリドマイドもこの免疫調節薬(IMiDs)の一種で、Celgeneから多発性骨髄腫の治療薬としての承認を受けています。今回は、サリドマイドをはじめとした免疫調節薬 (IMiDs)というグループの薬が他の薬とは全く異なる作用機序を持っている点、タンパク質分解誘導薬 (Protein degrader)との比較なども交えてまとめます。
1. 免疫調節薬 (IMiDs)とは?
免疫調節薬 (IMiDs)とはImmunomodulatory Imide Drugsの略語で、サリドマイド(Thalidomide)と、その副作用を軽減した誘導体であるレナリドミド(Lenalidomide)とポマリドミド(Pomalidomide)などの薬(化合物)グループの総称になります(下図参照)。
サリドマイドという薬は新生児への奇形という点で聞いたことある方も多いと思いますが、薬としても免疫調節薬 (IMiDs)は癌の一種である多発性骨髄腫(Multiple Myeloma)という病気の治療薬としても使われています。
詳しくは、“サリドマイドの催奇形性のメカニズムの解明〜 CRBNによるSALL4の分解誘導”でまとめてあるので、合わせて読んでみて下さい。
2. 免疫調節薬 (IMiDs)の作用機序
サリドマイドをはじめとした免疫調節薬 (IMiDs)もタンパク質分解誘導薬のように、下の図の右手の三角の部分でタンパク質を分解するシグナル(ユビキチン: UB)を付けるセレブロンというタンパク質(E3酵素)を掴み、左手の五角形の部分で標的のタンパク質を捕まえてきます。
この免疫調節薬 (IMiDs)の左手側が結合するポケットは、免疫調節薬 (IMiDs)が無ければセレブロンが本来分解すべきタンパク質(MEIS2)が結合します。免疫調節薬 (IMiDs)はこのポケットをとても上手に利用して、セレブロンの本来の標的ではない病気に関係するタンパク質(IKZF1, IKZF3 or CK1α)に強制的にユビキチン分子を付けて、そのユビキチン分子がプロテアソームへの分解シグナルとして働き、最終的に標的のタンパク質(IKZF1, IKZF3 or CK1α)はプロテアソームで分解されます。
この免疫調節薬 (IMiDs)の作用機序から、IMiDsは時にMolecular Glue (分子糊)とも創薬研究の場では呼ばれています。
3. 免疫調節薬 (IMiDs)とタンパク質分解誘導薬の違い
一見すると免疫調節薬 (IMiDs)とタンパク質分解誘導薬は似たように感じます。
確かに薬のコンセプトとしては似ていますが、薬となる化合物のサイズが大きく異なっています。“タンパク質分解誘導薬とは?これまでの薬と違う新しいタイプのk薬”で触れましたが、タンパク質分解誘導薬は2つの低分子化合物をリンカーで繋いだ化合物なのでサイズが免疫調節薬 (IMiDs)の3~4倍くらいの大きさになってしまいます。
しかし、免疫調節薬 (IMiDs)は基本的にはサリドマイドの形を少し変えただけの低分子化合物1つ分なので、タンパク質分解誘導薬に比べて免疫調節薬 (IMiDs)の方が圧倒的にサイズが小さく、薬のサイズが小さいことは経口への応用などのメリットがとても大きいです。
では、タンパク質分解誘導薬が免疫調節薬 (IMiDs)より優れている点は何なのか?というと、分解したい標的のタンパク質を自由に選択して設計できる点が挙げられます。
免疫調節薬 (IMiDs)の標的タンパク質を捕まえてくる左手側はとても小さいので、捕まえてくる相手を選択的に選んで化合物をデザインするのは大変だという印象を持っています。また免疫調節薬 (IMiDs)の右手側のE3酵素を捕まえてくる部位もセレブロンという1種類のE3酵素しか利用できないのもデメリットです。
4. 免疫調節薬 (IMiDs)の現状と展望
免疫調節薬 (IMiDs)はタンパク質分解分解誘導薬に比べてとても進んでいて、既に2つの免疫調節薬 (IMiDs)、レナリドミド(lenalidomide)とポマリドミド(pomalidomide)が薬として承認を受けていますし、さらに数個の免疫調節薬 (IMiDs)が臨床試験中です。
この免疫調節薬 (IMiDs)の創薬研究を牽引しているのが、アメリカのサンディエゴに研究拠点がある製薬企業のCelgeneです。
日本では馴染みがあまりないかもしれませんが、Celgeneは世界20位前後で合併前のTakedaやアステラス製薬と同規模の順位につけるとても大きな製薬企業です。2019年1月のCelgene・Bristol Myers Squibb (BMS)からのプレスリリースで、にBristol Myers Squibb (BMS)が$80BでClegeneを買収すると発表した時はとても驚きました。このBMSとClegeneのM&Aによって、両社のガン領域のテクノロジーが合わさって良いシナジーが生まれそうな予感がします。
現在は他の製薬企業もタンパク質分解誘導薬と併せてこの免疫調節薬 (IMiDs)タイプの開発を行なっているはずですが、長らくCelgeneがリードしてきた技術なので今後しばらくはCelgeneがリードしておくことが予想されます。
また大学の研究機関でも免疫調節薬 (IMiDs)の研究が活発に行われて、ハーバード大学のEric Fischer先生の名前を良く耳にします。Eric Fischer先生自身が最初の免疫調節薬 (IMiDs)の作用機序をNatureに報告し、今もEric Fischer研究室のメインテーマの一つとして免疫調節薬 (IMiDs)の研究が進められています。
余談ですが、先日Eric Fisher先生とお話する機会がありましたが、とても若く素晴らしい人物でした。
まとめ
- 免疫調節薬 (IMiDs)はサリドマイドをベースに作られた薬で、タンパク質分解誘導薬と同様に病気に関連したタンパク質をプロテアソームでの分解へと誘導する
- 免疫調節薬 (IMiDs)はタンパク質分解誘導薬よりも臨床研究が進んでいて、Celgeneからの複数の免疫調節薬 (IMiDs)が承認されている。
- 免疫調節薬 (IMiDs)は今後もタンパク質分解誘導薬と共に注目の薬のタイプである。
免疫調節薬 (IMiDs)とタンパク質分解誘導薬はそれぞれメリットとデメリットがありますが、コンセプトとしては『厄介なタンパク質を自分自身の体の分解機能を利用して分解してしまおう』という面白いアイデアを利用しています。今後の免疫調節薬 (IMiDs)の創薬研究の進展に期待しています。
免疫調節薬 (IMiDs)の一種であるサリドマイドによる副作用とそのメカニズムについては、“サリドマイドの催奇形性のメカニズムの解明〜 CRBNによるSALL4の分解誘導”を合わせて読んでみて下さい。
最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。
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