こんにちはmasayaです。
以前の投稿“製薬企業の研究職(基礎研究)の仕事内容“で、製薬企業の研究者達がどういう仕事をして薬の候補(低分子化合物)をみつけるのかに触れました。
先の投稿でも触れているように、創薬研究では疾患の原因と考えられるタンパク質を標的としたスクリーニングで薬の候補(低分子化合物)を探す方法が主流でした。
しかし“Phenotypic Drug Discovery Makes a Comeback”で紹介されているように主流の標的ベースのスクリーニングとは別のもう一つの創薬研究のスクリーニングの流れ『Phenotypic Screening: 表現型スクリーニング』も最近注目を集めているので、今回はこの2つの創薬研究の流れとそれぞれのメリット・デメリットについて紹介します。
1. 2つの創薬研究の流れの比較
2つの創薬研究の流れ、①標的ベースのスクリーニングと②表現型スクリーニングの流れについてみていきます。
1-1. 標的ベースのスクリーニング
現在まで主流の標的ベースの低分子化合物のスクリーニングは下の図のように大まかに分けて2段階の流れになっています。
Step1の化合物のスクリーニングの段階では、特定の疾患の1つの標的タンパク質の活性部位のようなポケットに対して、そのポケットの形にフィットするような化合物をスクリーニングして探すことになります。
この場合は、標的の酵素と基質だけの反応を利用した実験系を組み立てて、酵素による基質(この場合タンパク質C3)がどれくらい変化したかを測定して、化合物の良し悪しをまず判断します。この場合は細胞を使わないで、試験管内で評価を始めることが多いです。
次のStep2ではよりヒトの体内に近い状態、例えば疾患モデル細胞などを使う実験系を使ってstep1でヒットしてきた化合物を評価します。
Step2の評価で使う細胞内には、上の図の右側のようにStep1で利用した標的・基質の反応系を含めて、タンパク質A→A1→A2やタンパク質B→B1→B2のように非常に多くのタンパク質反応系が複雑に存在しています。Step2では、そんな複雑な細胞の中で、化合物を加えることで実際にどれくらい疾患に関連した現象(表現型)を変化させられるのかを評価します。
ここで有効な結果が得られれば、安全性や毒性の試験を行い、臨床試験へと向かっていくことになります。
これがこれまでの創薬研究でよく利用されてきた『標的ベースのスクリーニング』の流れになります。
1-2. 表現型スクリーニング (Phenotypic screening)
標的ベースのスクリーニングが疾患の特定の一つの標的を狙って化合物を探し出すのに対して、表現型スクリーニングでは下の図のように疾患そのものに効く化合物を探し出すところから創薬が始まります。
表現型スクリーニングのstep1では、疾患に出来る限り近い状態の細胞モデルを準備して、その疾患モデル細胞に対して効果(表現型の変化)の出る化合物を探し出します。
この場合、化合物が作用するタンパク質は上の図のタンパク質AでもBでもCでもどこでも構いません。まずはその疾患モデルに対して効果が出ているかどうかが重要になります。
Step2では、なぜ実際にstep1でヒットしてきた化合物が効果が出ているのかについてメカニズムの詳細な検証を行っていくことになります。
この創薬の標的にする疾患に対してまず効く化合物を探していくアプローチが『表現型スクリーニング』になります。
2. それぞれの手法のメリット・デメリット
標的ベースのスクリーニングと表現型スクリーニングはどちらにも優れた点があるので、それぞれのメリットとデメリットについては以下のようになります。
2-1. 標的ベースのスクリーニングのメリット・デメリット
2-1-1. メリット
標的ベースのスクリーニングのメリットは、世界中の製薬企業で最も広く利用されている手法であるため、知見やノウハウが多く存在している点が挙げられます。
また、標的ベースのスクリーニングでは、疾患に関連した特定の標的の反応を利用したシンプルな系を利用するので評価は容易です。
特定の標的を用いるので、Structure Based Drug Design (SBDD)の手法のように標的のタンパク質立体構造を見ながら化合物をデザイン出来るのもメリットの一つです。
2-1-2. デメリット
デメリットとしては、疾患に関連したメカニズムの一部部分だけを取り出してシンプルにスクリーニングに用いているので、より複雑な細胞やヒトの体内での評価へと進んだ際に予測とは違う結果が出てしまう事がある点が挙げられます。
2-2. 表現型スクリーニングのメリット・デメリット
2-2-1. メリット
表現型スクリーニングのメリットは、疾患に深く関係した細胞などのモデルを使って化合物のスクリーニングを行うため、初期の段階でヒットしてくる化合物が臨床試験に近い薬の候補であることが挙げられます。
また2011年の論文“How were new medicines discovered?”の中では、標的ベースのスクリーニングよりも新規の作用機序を持った薬の候補をみつけられる成功確率が高いことが示されています。2000~2008年の間の50の新規作用機序の薬(First-in-class drug)の内、28個が表現型スクリーニングによってみつかったのに対して、17個が標的ベースのスクリーニングからみつかっていました。
Swinney DC. et al., Nature Drug Discovery Review (2011)
2-2-2. デメリット
表現型スクリーニングのデメリットとしては、本当に疾患に関与している細胞(正しく疾患を反映している)を使えるかどうかが挙げられます。仮に、疾患に正しく関与していない細胞を使って化合物のヒットが得られても、いざ臨床試験に近い段階の試験で結局効果がないという結末が待っています。
またアルツハイマー病などの複雑なメカニズムの疾患のモデル細胞を得るというのも困難の一つなので、表現型スクリーニングは複雑なメカニズムの疾患のスクリーニングには不向きであるという性格も持っています。
2-3. 適材適所
製薬企業で行われているプロジェクトは多様なので、各プロジェクトに最適なスクリーニングの流れを選択して研究が進められて行っていることを知ってもらえると幸いです。
3. まとめ
- 標的ベースの化合物のスクリーニングは製薬企業での主流のアプローチである
- 表現型スクリーニング(Phenotypic screening)は疾患モデルにまずは効く化合物を探すので新規の作用機序を持った薬(First-in-class druggable)をみつけられる可能性が高い
- 製薬企業でのプロジェクトは多様なので、プロジェクトチームはそれぞれに適した創薬研究の流れを選択している
製薬企業でどのようにして化合物(薬の候補)が探されているのかについて、少しでも伝われば幸いです。
最後までお付き合いありがとうございました。
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